【Professionalism】
2024.11.06本日朝に、愛犬Cooを連れて「鳥取大学 動物医療センター」へ定期診療に伺ってきました。
現在15歳7か月ですが、11歳の時に目の病気が判明した際、鳥取大学伊藤先生が動物眼科の分野で素晴らしいと紹介され、通い始めたのが始まりでした。その後、全く別診療でのレントゲンにて幸運にも早期癌見つかり、こちらの医療センターにて簡単な手術で除去。しかし更に1年後に、彼女自身(Coo)がDM(変性性脊髄症)を背負った個体であることもここの医療センターの精密検査が判明。これは不治の病でありまさかの悲劇的な病気で、流石にその際には目の前が真っ暗になり、私達家族にとってまさに絶望しかない宣告でした。当時私は家族にも2か月間言い出せず密かに激やせ・・・。その後家族に話し、全員でCooに対する介護サポートをと一致団結し何とか乗り越えましたが、更に1年前に口内に悪性腫瘍が発見。一度手術するも徐々に大きくなる病気も発生で、高齢の為これ以上の麻酔は出来ないという判断から二回目の手術は断念。日々大きくなる腫瘍や、多発的な病気も家族全員で看病と介護をしてきました。
コーギーは12歳~14歳が寿命と言われており、当然のことながら高齢になると病気が頻繁に続くのは人間と同じです。犬は14歳以降になると、全身麻酔をする体力が残っていないため、基本的に病気が出ると効果的かつ即効性のある処置はほぼ出来ません。更に抗がん剤的な薬を投与すると、通常食事が出来なくなるのでこの選択肢も難しいのが実情です。
つまり、我々はもはや悲しくもほぼ何も出来なくなっていくというのが現実です。Coo自身も約8kgあった体重も、今回の計量では3.8kgまで下がっていました。当然のことながら、毎回抱きかかえて連れて行くので、彼女が日々軽くなっていくことを感じてその度に悲しみと絶望に襲われます。
これが意味することは、おそらくそのときが近づいているということ。これは私だけではなく家族全員が理解しつつ日常を過ごしています。
そんな気持ちの中、ここ鳥取大学 動物医療センターの獣医師の先生の方々、看護師の方々、受付の方々、全ての方々が本当にプロフェッショナルで素晴らしく、本当にCooの為に気持ちを込めてご尽力をいただいています。おそらく彼女の先が短いことは、我々家族も分かっておりある程度の覚悟が出来ていますが、心沈む日々の中、ここに来るたびに大きな感謝と勇気を貰えます。同じく動物関係の業界に携わるものとして、彼らのプロフェッショナリズムには大きな尊敬しかありません。
今まで数年間毎月一度訪問してましたが、今回は容態が芳しくないことから、初めて二週間のスパンで診療訪問しました。診療後に、当然二週間後に診療アポイント入れました。二週間後、また訪問できることを祈るしかありません。
【海外留学を終えて】
2024.10.13約10日間の留学を終えて帰国しました。
前回のブログにも記載した通り今回、「私個人の力不足」を痛感した10日間となりました。自身の英語力の低下も一つの理由ですが、そもそも根本的なディベート力の無さから来る総合的な力不足を認めざるを得なかったですね。
今回のチーム構成は私の同じくらいの年齢が一人いて、あとは皆30歳残後。そんな彼らの発信力、発言力、そして説得力を含めたパワーは圧倒的でした。かといって聞く力が無いわけではなく、相手に合わせた聴講力も超一流なので、瞬間的に意見を闘わせる場面は何度もありつつ、最終的に相手の意見を受け入れた落としどころに奇麗に収まる。
俗に良く「スクラップ&ビルド」とはこういうことだなと、我々日本人が言う「スクラップ&ビルド」なんて全くお話にならない感じるほど。徹底的に意見をぶつけ合いながら、グループ内で「カオス状態」まで創り上げない限り、お互い腹落ちした議論なんて出来るわけないし、そもそも我々が日々使う「イノベーション」なんて夢のまた夢だなと痛感しました。
「イノベーション」とは常識や現状の打破でもあるということは誰でもわかっているわけで、そこにたどり着くには何かを壊さないといけない、壊すためには徹底的にぶつかり合わないといけないというロジックは周知のとおりです。
しかしこのシンプルロジックが出来ないようなバイアスがかかっており、これが出来ている日本人がどれだけいるんだろうと考えさせられました。そのバイアスとは日本人が大切にする価値観である「空気を読む」であるとか「忖度」からきているのかなと感じます。しかしこれらがある限り、なかなか現状の打破なんてなかなか実演出来るわけがありません。
もちろんこの考え方は日本人の美徳であり、私も心から尊敬の念を含めた肯定をしています。しかしながら、ビジネスにこの概念は必要なのでしょうか?これらがあるからこそ上司に言えない、あの人には言えない、まだ若いから言えない、まだ入社して間もないから言えないという「空気を読む」即ち、思ったことが発言できないということに繋がるのではないかと考えさせられました。
一般的に欧米人、特にアメリカ人はこの概念が極めて小さいようです。それは即ちお互いが同じ土俵で、同じ目線で意見をぶつかり合うという、真の多様性あるビジネス構築を目指しているからでしょうし、これらはビジネスの本質であると強く感じます。
これらは皆、理屈では理解はしていると思いますが、実社会・実ビジネスの場で発揮するのは極めて難しいでしょう。しかしながら、このカルチャーを払しょくしない限り、日本が再度世界のトップレベルで戦うこと日は遠くなることも感じてしまいました。
そのために必要なのは、やはり「教育・育成」であるというのが今回の一つの答えです。そしてこの「教育・育成」を間違えないように、皆を導くことが最も大切であることもまた明白であり、困難を極めることでしょう。
今だからこそこれからの未来の為に、単一人材を育成するのではなく、多様性ある人財を育成すること。今一度、昨今の流行り言葉のようになっている「ダイバーシティ人財」という言葉の本質を考えていきたいですね。
【留学でのプロジェクト】
2024.10.01先月末のことですが、南アフリカ留学を無事に終了致しました。
今回のStellenbosch University での留学授業では個人ワークとグループワークがあり、私のグループは南アフリカ人、アメリカ人、スウェーデン人、ドイツ人、ジンバブエ人、そして私という6名のチーム構成で約10日間のプロジェクトを進めました。
そのグループプロジェクトとは、アパルトヘイト政策終了後の南アフリカ共和国における「shackhouse(シャックハウス)社会課題解決に向けて」がテーマ。現在の南アフリカの失業率は驚異の30%オーバー。
これも同時に解決に結ぶつく提案をしてほしいというのがテーマでもありました。
まずこの「shackhouse(シャックハウス)」とは?
正式には「シャック(shack)」と呼ばれる、非公式または違法な居住施設のことで、多くの場合は都市部や貧困地域に住む低所得者層が利用している臨時的な住宅のことです。主に波板や木材、プラスチックなどの安価な材料で建てられており、貧しい生活環境や不十分なインフラが特徴です。
シャックは都市部のスラム街などに多く見られ、政府による正式な住宅供給が不足している地域では特に一般的です。南アフリカでは、アパルトヘイト時代の都市計画によって黒人居住区が制限されていた影響もあり、現在でも多くの人々がシャックで生活しています。政府やNGOは、これらのシャック住民の生活改善を目的とした住宅支援プログラムを実施していますが、急速な都市化や人口増加により課題が続いています。
これら課題に対してのグループプレゼンでしたが前述のとおり、チームメイトは、南アフリカ人、アメリカ人、スウェーデン人、ドイツ人、ジンバブエ人、そして私というTeamでしたが、まさに多様性の議論ばかりで大変刺激になりました。英語だからということもありましたが、特に欧米人のアグレッシブな発言に対して我々日本人はまだまだ積極性を含めたアピール欠落を大いに感じました。自分の言葉で、自分の考えを、自分の口からしっかり伝えることは、ディベートの基本であり、ここに対してまだまだどこかお話にならない強く感じたことは、大きな反省でした。
グローバル社会、ダイバーシティ社会と呼ばれる現代社会で、日本人が世界に対して何が足りていないかを明確に感じる一週間となり、非常に学びの多い時間となりました。この年齢になりこういった素晴らしい経験の機会を与えてくれた慶應義塾大学の関係者、並びに不在の間会社を守ってくれた全ての方々に、心から感謝申し上げます。